【Players for Tomorrow】
誰とも比べない、自分なりのゴールを目指すパラクライミング。

2018年5月17日

Players for Tomorrow

 Tシャツの左胸に刺繍された可愛らしいおサルが目に止まった。「可愛いですね」と言うと「これはモンキーマジックのTシャツで、アウトドアブランドが毎年違うデザインで作ってくれるんです」とにこやかに答えてくれた。
2006年から今年で13作目で、多い年で年間約1万枚は世の中に送り出されるこのTシャツは、デザイン以外に特別な意味合いを持っている。

 スポーツを通じた国際貢献・交流をしている「スポーツ・フォー・トゥモロー・コンソーシアム」の会員団体のキーパーソンに、実際に行なっている活動内容についてインタビューさせていただく企画。
第5回目は、東京・吉祥寺にある特定非営利活動法人 モンキーマジックの代表理事 小林幸一郎さんにお話を伺った。

特定非営利活動法人 モンキーマジック 代表理事 小林幸一郎さん

 「視覚障害者のクライミングの活動支援のために作られています」と書かれたタグが付いているTシャツについて、小林さんは、「僕らとしては、こういうものをきっかけに、スポーツの新しい世界や障害者の可能性について気付いてくださればいいなと思っています」。実際に、タグを見て「そういう活動が世の中にあるんだ」と活動の存在を知る方もいるようだ。

 モンキーマジックは、2005年8月に小林さんが立ち上げた。当初は、視覚障害者を対象にしたクライミング教室の運営が目的だったが、10年以上活動が続いている現在は、さらに幅を広げて、障害のある方とない方が一緒に参加できるクライミングイベントを開催し、相互理解の促進の場を提供している。
本来、クライミングは勝ち負けのない自然の岩登り。
「たくさん失敗して、自分なりの工夫をしてゴールを目指す、自己達成型のスポーツです。例えば、目が見えない人は目が見えないなりに、片足が無い人は片足が無いなりに、背が低い人は背が低いなりに、その人のやり方で、とにかく自分の目標に向かって動けばいい。ゴールはそれぞれ違っていいけれど、向き合うものはみんな一緒」と小林さん。
目が見えていてもいなくても、“壁が1つあれば登る”ことを同じように楽しめるのがクライミングなのだ。

 学生の頃、一番嫌いな科目が体育だったという小林さんは、人より速ければ良し、誰かに勝てば偉いという価値観にどうしても馴染めなかったという。
そんな中、高校2年生の時にフリークライミングと出会い、自分なりの「出来た!」と思える瞬間があるところに魅了され、28歳で目の病気が発覚した後もずっと続けている。

 現在、小林さんの目は昼と夜の明るさの違いを認識していて、クライミングをする時は、目が見えている人の目だけを借りて、次の持ち手の場所を聞いているそうだ。
HKK(方向・距離・形)と呼ばれるキーワードで、どこにあるかどんな持ち手かをイメージする。あとは、自分で判断して動いていく。
「登り方を発想したり、課題解決していったりすることが1番楽しいので、目が見えなくてできないことをちょっとだけ補って欲しいだけ。登らせて欲しいわけじゃないんです」。

 小林さんの目が見えにくくなって間もない頃に、立ち直るきっかけになった1人にエリック・ヴァイエンマイヤーさんというエベレストを含む世界7大陸の最高峰を完登した全盲のアメリカ人がいた。そのエリックの誘いを受け2005年にキリマンジャロ登山をし、彼の仲間たちと共に2013年に『キリマンジャロブラインドトラストアフリカ』というタンザニアやケニアの盲学校を支援する基金の設立にも携わることができた。

子供たちに囲まれる小林さん

 2016年に訪れた、ケニアの首都、ナイロビ市内の盲学校で出会った子ども達に「大人になったら何になりたい?」と尋ねると、即答で「エンジニア!」や「弁護士!」などと答えが返ってきて、なりたい職業は違っても「国の役にたちたい!」という思いが共通していたことが印象的だったそう。
だが、視覚障害者だからこそ学校ではスポーツの機会が少なく、彼らは自分自身で何かをやり遂げるという経験に乏しい。
学校で勉強していることが今後どのように役に立って、自分たちがどのように社会の中で生きていくのかという現実的なビジョンを描けている子は少ないという話を聞き、胸が痛んだという。
また、ナイロビにあるクライミングジムで、登りに来るのはほとんどが外国人、地元の人があまり来ないという悩みを聞いた時、小林さんの中で点と点が線になり「俺たちがやらなきゃいけないよね」と他人事ではなく当事者意識を持ち帰国。

ハーネスをチェックする小林さん

 熱い思いは、2018年に形になり、3月12日〜3月16日の5日間でケニアの視覚障害の子どもたちを対象にクライミングプログラムを開催。
全部で4校のプライマリースクールとハイスクールから全部で75人の子どもたちが参加し、ロープを使うクライミングと、ロープを使わないボルダリングを実施した。
「やっぱり登れないと悔しいし、登れた時は目が見えようが見えまいが、すごくわかりやすい達成感につながって良い自信になります」。

 日本の子どもたちと、ケニアの子どもたちとの違いについて尋ねると「ケニアの子どもたちは、身のこなしがしなやかですね。説明しなくても、つま先だけで石に足を乗せるなど、自分の体のどこに力を入れれば体が浮くのか知っています。一緒に行ったスタッフが『コバさん!この子たちに真剣にクライミングを教えたら世界が変わるよ!』とものすごく驚いていました」と教えてくれた。

 「これからケニアの未来のために、一生懸命勉強して、働いて国を支えなければいけない子どもたちに、もっと笑顔を増やしていきたい。クライミングプログラムに来てくれた子どもたちは、とても喜んでくれたから、ニーズはあるんです」と、子どもたちの未来のために何ができるか真剣に語る小林さん。
ケニアの子どもたちに、1回きりではなくこれからも継続して、クライミングを通じたスポーツの機会を提供することが今後の課題だという。

 限りない可能性を持つ、ケニアの子どもたちの未来を小林さんは、自分の未来と同じように必死に考えている。
自分の目標に向かってゴールを目指すことが、身体を動かしながら養われるクライミング。スポーツの機会も少なく、将来のビジョンを描くことが難しいケニアの子どもたちに根付いたなら、とてつもないパワーを発揮するに違いない。
さらに、ケニアの子どもたちの身体能力が生まれつき優れているとしたら、パラクライミングの世界に革命が起きるかもしれない。

小林さんのケニアでの活動はこちらからもご覧いただけます。
Monkey Magic

取材・文 大石百合奈

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